「しんしん」

 サンビームの北海道出張は無事に初日を終えていた。
 ウマゴンを清麿たちに預けるという無理までして来た甲斐があると思えるほど充実した研修内容である。そして熱心に研修を受けるサンビームを支店の人々が気に入り、夜には繁華街の一角にある居酒屋でささやかな歓迎会まで開いてくれた。


 夜も更け、気のいい社員たちと別れたサンビームは宿泊先のホテルに戻ろうと雑踏の中を歩いていた。
 さすがにこの時期になると北の街の空気は冷たい。マフラーをたくし上げたサンビームの目に緊張が走った。

 アレは・・・魔物?

 姿は幼いがまず間違いはないだろう。とすると隣を歩いている人物が本の持ち主だろうか。サンビームは鞄の中の薄橙色の本を思いひやりとする。ウマゴンはここにはいないのだ。
 知らぬふりをして彼らとすれ違う。そうするしかなかった。
 しかし彼の思惑は、サンビームの姿を目にとめた魔物の子にあっさりと看破されてしまう。
「あんた、ウマゴンのにおいがする」
 見上げてくる視線に敵意はない。
「君は?」
「オレはテッド。こっちはジードだ」
 その名は清麿に聞かされていた名前だった。サンビームは肩の力を抜いたのだった。


 近くの店でサンビームはジードの酒に付き合っていた。先日ガッシュを助けた魔物の子テッドはジードに「お前に酒の味は早い」と宿に追い返されている。
「あの子たちを助けてくれてありがとうございました」
 頭を下げるサンビームの保護者ぶりにジードはにやりと笑った。
「あれはテッドが望んだことだ。オレは大したことはしていないさ」
 あの戦いを思い出す。一人の少年の横顔が浮かんだ。
「清麿か。あいつは相当場数を踏んでるようだな」
「ええ」
 サンビームが頷く。
「懐も深いし、頭も切れる。とても14って歳には見えねえ」
「頼りになりますよ。とっても」
 誇らしげに言う男にジードは目を細めた。
「・・・・・・ふうん」
 そしてグラスを掲げる。
「じゃあ、あの坊主に乾杯だ」
 応じたサンビームの笑顔は店の淡い照明のせいか少しかげって見えた。


 酔ったというジードをサンビームは彼の宿まで送った。慣れない街で放っていくのも薄情に思えたからだ。
 部屋に入ると先に帰っていたテッドは隣の間で眠っているようだった。
 大きな身体をベッドまで運び、水を渡す。ジードがそれを飲み干したのを見届けて、サンビームは帰り支度を始めた。が、ジードは思いのほかしっかりした様子でサンビームを引き止めた。
「折角だからもう少し付き合っていかないか」
「もうお酒はいいですよ」
 断るサンビームの腕をジードが掴む。決して小柄ではないサンビームが華奢に見えるほどジードは大きな体格をしていた。
「そうじゃねえ」
 相手がきびすを反すよりも早く、ベッドへと押し倒す。
「大人同士のお楽しみって奴をな」
 ジードの誘いにサンビームは苦笑した。
「私は男なんだが」
「別に本気になれって訳じゃない」
 歳を重ねた分、ジードはこちらの方面についても自由な考えの持ち主らしい。
「それとも操を立てている相手でもいるのか?」
 そう問われてサンビームは目を見開いたが、やがて観念したようにまぶたを閉じた。
「敵いませんね、あなたには」
 返事の代わりに大きな掌に触れられて、サンビームは大きく息を吐くのだった。


 ジードは目を覚ました。あの男の気配は消えている。時計を見ると少しまどろんだだけのようだったが、その間に帰ってしまったらしい。
 追うのはやめておくか。
 行為の最中、ジードの責めに彼はなかなかその身を解放しようとしなかった。自分を煽る嵐をやり過ごそうと唇を咬んで耐えていた。
 こちらの戯れにのったくせに自制している男を乱したのはジードの囁きだった。

 いいんだぜ。お前が欲しいと思う奴の名前を呼んでも。

 その一言が彼の心を深く刺したようだった。それまでは耐えていた大きな波に翻弄されながら、ジードも知っているその名前を口にする。その痛切な声に煽られてジードは彼を激しく揺さぶったのだった。

 辛い恋だな。ジードは思った。あの真面目そうな男は本気になった相手に対して、決して自分から禁忌を越えることはできないだろう。ジードの誘いにのったのも忘れられると思ったからかもしれない。
 それをジードが壊してしまった。可哀想なことをしたとは思う。だが風という奴は定められた方向へと吹いていくものなのだ。
 彼の風はただ一人を目指している。その想いは本人にも制止できないだろう。
 自分が道化を演じたことにジードは嗤った。しかしあの男の肌の感触は当分忘れられそうになかった。



というわけでジドサンです。遅くなりましたが同盟発足お祝いとして。


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