今度目が覚めた時には -6-
サンビームが部屋の鍵を閉めていると、ちょうど隣りの住人が新聞を取りにドアから顔を出した。
お互いに笑顔で朝の挨拶を交わす。
「あれ?最近ずっと居る子は?いつも朝、見送りしてるのに」
訊ね顔で言われて、サンビームは笑顔で答えた。
「・・・急用が出来て昨晩遅くに帰ったんです・・・自分の家に」
「ああ、そうなんですか。仲が良かったから寂しいでしょう・・・。じゃあ、また」
そう言って自分の家に入っていく隣人に、サンビームは複雑な心中を顔に出すまいと必死に笑顔を向け続ける。
そして隣人がドアの中に消えたのを確認してからサンビームは重く溜め息をついた。
昨夜のウマゴンとの行為の名残で体中が軋み、階段を下りるだけで体に鈍痛が走る。
それでもこうしてウマゴンが目の前から消えてしまった今、唯一ウマゴンが居た証のような気がして
サンビームはその痛みを忌む事は出来なかった。
「・・・サンビームさん」
昨夜、二人が初めて恋人としてベッドで抱き合った後、疲れからそのまま寝入ってしまいそうになっていたサンビームは
ウマゴンのその声に逼迫した物を感じて必死に瞼をこじ開けた。
するとウマゴンの強張った顔が目に入り、サンビームは戸惑う。
「・・・ウマゴン?」
「ゴメン、本当にゴメン、サンビームさん。俺、一回あっちに戻らないといけなくなった。
でも絶対に戻ってくるから。待ってて。・・・絶対に、それまでに帰ってくるから」
ウマゴンの言葉の内容にサンビームは目を見開く。眠気も消え、ウマゴンを見つめ返した。
ウマゴンのその表情にサンビームは強い意志を感じて、諦念と共に淡く笑みを浮かべた。
「・・・待ってていいのかな?」
「待ってて。絶対に、無茶な事しないでよ?」
そう言ってもう一度自分にキスを落とすウマゴンにサンビームは頷いた。
「・・・無理はしなくていいからね?」
「・・・絶対に戻ってくるから」
そう言ったかと思うとあっという間に掻き消えるその姿と気配。
ついさっきまでウマゴンが立っていた辺りから視線を外せないまま、サンビームはじわじわと苦しさで胸が詰まっていくのを感じた。
月明かりの入る部屋の中。かろうじて見えるカレンダーの数字。
ウマゴンには言わなかったが、サンビームは自分のいなくなる日付けにもほぼ見当が付いていた。
その時までを一人で過ごさなければならないかと思うと、秒針の動きすらやたらと遅く感じる。
いっそ、早くその時が来ればいい。
一瞬そう思ってしまってから、サンビームは首を振って自分の気持ちを入れ替えた。
その間までに、自分の出来る事。それをやり切らないと。
サンビームの見つめていたカレンダーの数字、それは二日後に来る日付けだった。
それからのサンビームは、職場で自分が居なくなってからの後処理がどうすればやりやすいかと思案を凝らした。
それ以外はなるべく意識して普段通りに行動する。
自分の運命が歪まないように。その事でウマゴンに迷惑がかからないように。
そしてその日。
サンビームは普段より更に丁寧に部屋を片付けてから家を出た。
尖りそうになる意識を何度も深呼吸をして落ち着かせる。
普段通りに。
そう何度も心の中で繰り返す。
今日の一体何時なのか。それはさすがに分からない。
その時までに、とウマゴンは言っていたけれどあんな状態の自分を置いて行くほどの理由ならば、
もしかしたら戻って来られないかもしれないとサンビームは思っていた。
魔界とこの世界はそんなにも簡単に行き来出来るものではないだろうから。
は、と息を吐くと、サンビームはジョギングをするべく走り出した。いつも通りのルートを周り、いつもの場所で家へと折り返す。
公園の中、暖かい日差しや緑の香りにサンビームは頬を緩めた。
ああ、今日はいい日だ。
こんな日に死ねるなら私は幸せ者かもしれない・・・そんな詩がインディアンに伝わっていたっけ。
そんな事を考えていたサンビームは、ふと厭なものを感じて通りへと目を向けた。
公園脇の大きな道路。
何台もの車が通り、電車通学らしい制服の小学生が駅に向かって歩いている。
普段通りの風景に、それでも厭な気配は変わらない。
サンビームが足を止めるか悩んでいると、すぐ目の前の角を曲がってきた車が、スピードを殺せずに止まっていた車に接触した。
その車が更に走っていた車にぶつかる。
サンビームは子供へ向かって駆け出した。
突然の事故に立ちすくんでいるその体を抱き上げ、公園の中へと駆け込もうと向きを変えた途端。
サンビームは背後に気配を感じて、咄嗟に子供を少しでも遠くへと突き飛ばす。
自分の体に事故の巻き添えを食ったトラックが倒れこんできたのだと分かったのは、大量の吐血をした後だった。
折れたガードレールが少しの空間を作っているせいで即死しないですんだらしいと気付くが、
痛みをまったく感じない事に、自分の体が死に掛けている事が分かる。唯一の救いは肺はやられていないせいで息が苦しくない事だ。
ああ、まったくウチの家系は車運がどこまでも悪いらしい。
車の事故で他界した両親の事を思い出して、サンビームは苦笑を浮かべた。
どこかから、さっき自分が公園へ逃がそうとした子供らしい声が聞こえる。
ああ、良かった無事だったのだ、とサンビームはどこか呑気に安堵した。
半泣きで必死におじさん、おじさんと呼び掛けているから、自分を探してくれているようだ。
それに答えようとして、途端にもう一度吐血をする。返事を諦めて、サンビームは目を瞑った。
倒れこんでいるトラックの作る影の中でサンビームはぼんやりとウマゴンを思っていた。
会えるだろうか、意識のあるうちに。それとも・・・
そこまで考えた途端感じた気配に、サンビームは慌てて目を開けた。
同時に明るくなる視界。巨大なトラックを簡単に持ち上げたのが誰か、もちろんサンビームは分かっている。
自分の体を抱き上げた後、またトラックを元に戻す、その体に。
サンビームは最後の力を振り絞って手を伸ばした。
「遅くなってゴメンね」
「・・・・」
声も出せず、ただサンビームは頷いた。
力の入らない腕を上げて必死にウマゴンの首に絡める。
最期に会えてよかった。それだけがサンビームの心を占めた。
こうしている間にもどんどん体が冷えていくのがわかって、サンビームは堪えきれず瞼を閉じた。
それでも最期にウマゴンを見る事が出来た事に満足して。
そんなサンビームの体を優しく抱きしめながら、ウマゴンは言った。
「死んじゃダメだよ、サンビームさん。俺、サンビームさんを迎えに来たんだ。
このままここに居たら助からないけど・・・ねえ、サンビームさん。俺と一緒に俺の世界に行こう?
時間ないから簡単に言うけど、許可も取ってきたんだ。・・・ちょっと無理矢理だったけどさ。
ティオが待ってる。ティオにかかればこんな傷、すぐに治るよ。
俺やっぱり、サンビームさんが居なくなるのイヤだ。・・・ずっとそばに居て欲しいんだ。
・・・・もうこっちにはあんまり来れなくなっちゃうけど・・・一緒に来てくれるだろ?」
そう言ってウマゴンが自分を覗き込んできた気配を感じて、サンビームは思わず笑みを零した。
なんでこんなに私はウマゴンに甘いんだろう?
ティオに会うまでこの体が持つかは分からないけれど、ウマゴンが望んでくれるなら。
サンビームはウマゴンの首に回していた腕に出来る限り力を込めた。
それを感じ取って、ウマゴンが破顔する。
「・・・これから、ずっと一緒だからね」
もう頷く力もないサンビームは、それでも口元に淡く笑みを浮かべた。
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