今度目が覚めた時には
休日の午後。
サンビームは食料品を買出しに近くの商店街へと足を運んでいた。
休みの日だけあって混み合う通り。
その中を泳ぐように先へと進む。
ボンヤリと明日の仕事で使うデータの事を考えながら足を進めていたサンビームは、
背後に突然生まれた慣れ親しんだ気配に体を硬直させた。
慣れ親しんだ・・・でも懐かしいこの気配。
もうあれから2年以上の月日が流れている。
それでも、忘れられる訳がない存在。大事な大事な・・・・。
サンビームは慌てて振り返り、辺りへ視線を走らせた。
沢山の人の群れ。
それでもサンビームの視線は一点ですぐに止まる。
10メートルほど離れた所に立つ青年。
焦げ茶の髪、ラフなシャツとジーンズを身に着けたその人影に見覚えはまったくない。
それでも、二人の視線は簡単に絡まった。
自分を嬉しそうに見つめてくる黒い瞳。
それだけで、わかる。
サンビームが驚きに目が大きく見開いたまま動きを止めていると、その青年がゆっくりとサンビームに向かって歩いてきた。
大した時間もかからず目の前に立つ青年。
自分よりも背の高いその青年を見上げながら、サンビームは微笑んだ。
「・・・・久し、振りだね」
「俺の事、わかる?」
「もちろん」
そう言うサンビームの目には喜びの涙が滲み始めていた。
「忘れる訳がない。今だってすぐに気付いただろう?」
「うん、そうだった。嬉しかったよ。最悪メルメルメーって言わなきゃいけないかなーって思ってたんだけどさ」
おどけて言う青年に向かって手を広げ、サンビームは優しく抱擁する。
「また会えて嬉しいよ、ウマゴン。・・・いや、シュナイダーだっけ?」
自分を抱くサンビームの背中に自らも手を回して青年が笑った。
「サンビームさんにずっとその名前で呼んで欲しかったんだけど、いざ呼ばれるとしっくり来ないんだよね」
その言葉に自分も笑い声を立てながらサンビームは青年に回していた腕を外す。
そしてちょっと距離を置き、青年を上から下までしげしげと眺めた。
「うーん・・・でも随分と大きくなったね・・・。これじゃあウマゴンっていうのもね・・・・。
・・・どっちで呼ばれたい?」
サンビームの問いに、少しだけ間を置いて青年は答えた。
「んじゃあ外ではシュナイダー。二人だけの時はウマゴン。これでどう?」
「ああ、それはいいね。嬉しいよ!・・・って、どのくらい居られるんだい?」
今まで喜びに顔を輝かせていたサンビームが、急に焦った声を出した。
「どのくらい居てもいい?」
青年・・・人型へと変化しているウマゴンがそう言うと、サンビームは満面の笑みを浮かべて言った。
「いくらでも。ずっといてくれたって構わない。嬉しい位だよ」
サンビームにそう言われて、今までニコニコとした表情を浮かべていたウマゴンが一瞬だけ眉間にしわを寄せた。
「・・・・ねえ、ちょっとここは混み合ってて話には向いてないよ。どっか行かないか?」
「ああ、そうだね。どうしようか?」
ウマゴンの表情の変化に戸惑いながらサンビームが言うと、ウマゴンすっかり元の笑顔に戻っていきなりサンビームを抱き上げた。
「え?」と、慌てた声を出したサンビームの耳に聞こえてきたのは
「・・・シュドルク」
・・・ウマゴンの呪文。
今、自分の手に魔本はなく、呪文はウマゴン自らが唱えるのだと気付き、サンビームは一抹の寂しさを感じた。
自分をいわゆるお姫様抱っこ状態で抱き上げているウマゴンを今更ながら見直すと、さっきと違い体全体が淡く光っている。
そんな自分たちの状態を周りを歩く人間がまったく意に介さずに素通りしていく事に気付いて、
サンビームは視線でウマゴンに問いかけた。それに気付いたウマゴンが肩を竦める。
「さっき、俺がサンビームさんを見つけた時から魔力のシールドを張っておいたんだ。
今俺たちの姿は他の人間たちには見えないし、声も聞こえない。
・・・ってサンビームさん。それにも気付いてなかったくせに俺に抱きついたのか?
あれシールド張ってなかったら結構な見物だったよ?」
「うっ、いやあれは・・・・あんまりにも嬉しかったものだから。
それに前はいつだってああしてたじゃないか。
・・・まあ体のサイズは逆転されちゃったみたいだが」
最後は苦笑気味に言うサンビームを改めて抱えなおして、ウマゴンは言った。
「しっかり掴まってて。走るよ」
途端に感じる浮遊感と疾走感。
ものすごい速さで後方へと流れていく景色に、サンビームは口元を綻ばせた。
速く過ぎる風の冷たさ、勢い。その懐かしい感触。どんどんと景色からビルが、家が減っていき緑色が増えていく。
「どこに向かってるんだい?」
「ゆっくり話せそうなところ」
「ああ、いいね」
そのしっかりとした体格に気を使う事もなさそうだと思い、サンビームは全身の力を抜きウマゴンに委ねる。
「ああ、懐かしい。風が気持ちいいよ。いつもありがとうウマゴン」
そう言いながら自分に目を細めて笑いかけるサンビームに苦笑を返し、ウマゴンはまた視線を前に向けた。
「サンビームさん、ホントに変わってないね。なんだかビックリだよ」
「? 変わっていないのにビックリなのかい?」
「だから変わらな過ぎてビックリなんだってば」
「? そうかい?」
「うん。・・・・ああ、ここでいいな」
ザ、と砂煙を立てながらウマゴンが足を止めたのは、サンビームも見覚えのある風景で。
サンビームは懐かしげに辺りを見渡していく。
「ここで、特訓したんだよな」
そんなサンビームを抱いたままウマゴンもやはり思い出に浸った声で言った。
「サンビームさんの服が燃えちゃってそこの泉に飛び込んだりさ」
「ふふ、そうだったね。あの頃は火傷の薬を持ち歩いてたなあ、そういえば」
ウマゴンがサンビームを連れてきたのは二人がよく特訓をする時に使っていた山の中のちょっとした荒れ地だった。
樹木が周りを囲み泉があり。
膝ほどに草が茂っている部分もあるが人目につき難いし水があった方が都合のいい事もあり、ここを見つけてからは
結局最後までここが二人のトレーニング場所だった。
ウマゴンの腕からそっと下ろされて、サンビームは改めて自分のパートナーをマジマジと見つめる。
「ウマゴン、今いくつなんだい?」
「18、になった」
「そうなのか・・・・」
サンビームはしみじみと頷いた。
「うーん・・・なんだか自分の子供に急に巣立たれたような気分だよ」
二人は話しながら、以前ここに来る度にやっていたように自然に足を同じ木陰へと向ける。
「まあね、あの頃の俺たちってホント親子だったし」
「ふふ、そうだね」
そしてその木陰に座り込み、隣り同士に大きな幹に背中を預けた。
それもあの頃とまったく同じ行動で、それを二人は無意識なままに受け入れていた。
「・・・サンビームさん、実は俺ね、・・・怖かったんだ」
二人の思い出話が一通り出尽くした後、ウマゴンが口を開いた。
「俺、ずっとサンビームさんに会いたかった。
・・・・俺にとっては10年以上会ってないんだよ?それでもずっとサンビームさんが忘れられなくて。
ずっと会いたくて仕方なかった。
だからその分、会えた時のサンビームさんが俺の知ってるサンビームさんと変わっていたらどうしようって、それも怖くて。
でも会いたいし。・・・・別れてすぐのサンビームさんに会いに行けばよかったんだろうけど、それもちょっとさ・・・。
覚えててくれて当たり前だろ?・・・だから。
「今」のサンビームさんに会いに来たんだ。3年近く経っていれば、忘れられてても仕方ないかなあって思えるし。
だからホント言うと、俺の気配だけで気付いてくれなかったら、怖いから声をかけずに帰ろうと思ってた。
なのにサンビームさん、あっと言う間に俺に気付くし、いつまででも居ていいとか言ってくれるし・・・・」
そこまで言うと、またウマゴンの眉間にしわが寄る。
その意味にやっと気付いて、サンビームは以前ウマゴンに向けていたそのままの表情で微笑んだ。
「・・・18になってもウマゴンの泣き虫はまだ治っていないんだね?」
そう笑って、自分よりずっと大きな体に腕を回して抱きしめる。
「嬉しいよ、ウマゴン。ずっと忘れないでいてくれて。・・・・そして会いに来てくれて。
私もずっとウマゴンの事を忘れた事なんてなかった。きっと10年経ってたってそうだったと思う。
居られるだけ居て欲しいよ。ずっとだってもちろん構わない。・・・それは無理だろうと分かってはいるけどね」
自分の肩口に頭を埋めて必死に泣き声をかみ殺しているパートナーの広い背中をゆっくりと撫でながら
サンビームは随分と大きくなった自分のパートナーの涙が落ち着くのをノンビリと待った。
なんとか明日、仕事を休めないものかと思案しながら。
どのくらいそうしていたのか。
少し気まずげにウマゴンが自分から体を離すのを、サンビームは微笑んで見守った。
「・・・顔洗ってくる」
短くそう言って泉へと足を運ぶウマゴン。その大きな後姿を見ながらサンビームは思った。
18歳ということは、魔界とこちらの世界では時間の流れが違うのだろうか。
自分にとっての2年ちょっとの間にああまで大きくなられると、どうにも奇妙な気持ちにさせられる。
そして顔を洗って戻ってきたウマゴンがゴシゴシと自分のTシャツで濡れた顔を拭うその姿に、サンビームは苦笑を浮かべた。
以前のウマゴンだったら、メルメルと甘えた声を出しながら顔を拭いてくれと頼んできただろうと思い、また少し寂しい気分になる。
といっても今の自分は買い物に行こうと家を出ただけなので財布以外何一つ持ってはいないのだけれど。
「・・・それじゃあ、しばらくの間サンビームさんの家に居てもいい?」
もう一度先程と同じ場所に座り込んでからウマゴンが少し真面目な顔をしてサンビームを見つめた。
「俺、本当に邪魔じゃない?」
「嬉しいよ。それだけだ」
間髪いれず答えるサンビームの表情には喜びの色しかなくて、ウマゴンはまた目が熱くなってくるのを必死に堪えた。
「・・・・やっぱ俺、サンビームさん大好きだ!会いに来て本当に良かった!!!」
そう言って自分に飛びついてきたウマゴンをサンビームは笑顔で受け止める。
受け止めるといっても自分の方が小さいから覆いかぶされてる状態なのだが、
それでもサンビームは「ああ、こんなところは変わらないんだね」と小さく嬉しそうに呟いた。
次のページへ進む
*ブラウザのバックでお戻りください。